英語あそびなら天使の街

在L.A.言語オタ記。神さまのことば、天から目線の映画鑑賞日記。

映画 The Card Counter を見た。ポール・シュレイダー『ザ・カードカウンター』

閲覧注意作品。
アブグレイブ刑務所の捕虜虐待の記憶を背景に『魂のゆくえ First Reformed』と同じ罪の煩悶の軌跡をなぞる。
実際、『魂のゆくえ』で見たシーンが頻繁に出てくる。
ウィリアム・テルの病み描写はまさにデジャブ。

映画は面白かった。
ポーカーとラ・リンダを間に挟んでようやく人と関われる戦争の「被害者」。
『アメリカン・スナイパー』を見たときと同じ感想を抱いた。
アメリカの罪はアメリカが吸収していかないといけないんだ、って。

モーテルで古いコーヒーを勧められて断る場面が妙に印象に残った。
これから意味を考えたい。いつかふと分かる気がする。

ウィレム・デフォーに似てるけど、こんな(要とはいえ)チョイ役で出るだろうか?といぶかしんで見ていたのだが、やっぱりウィレム・デフォーだった。

あくまで自分比だが、有意に男性1人客が多かった。

最近、マルクス・アウレリウスの『自省録』を引き寄せてるな...。
先週も読んでいた誰かの和書に出てきた(ちょっとKindleをたどったがどの本だか思い出せない。メモしとけばよかった)
もとはギリシャ語読みの神谷美恵子がエッセイで大絶賛しているのを見て彼女による訳書を随分前に買ったのだが読み止しになっている。
今が戻るときなのだろう。
9/26追記:某作家から届いたニュースレターのテーマがまたまた『自省録』!

トレーラー。

映画 Language Lessons を見た。ナタリー・モラレスの『ランゲージ・レッスン』

この題名は見に行かないわけにはいかない。
パンデミック・フレンドリーな佳作だった。カリニョもアダムもマチュアで素敵。

「あなたが思うところの私ってどんな人なの?」

はい、私も男に殴られたんだ...とまず思わされたよ。
実際、日本で会社員だったとき、自宅トイレでふらついて顔から転び、頬を派手にすりむいたことがあった。
翌日は会う人、会う人、ハッとした顔した後に見なかったふりされたからね。
思いやりとしてばんそうこうくらいつけてたほうが相手は聞きやすかったかもね。
終業時間頃にようやく「顔、どうしたの...?」って小声で聞いてきた上司がかわいかったですよ。
後になって喫煙所で噂になっていたことも知った笑

ドラマ『アフェア』がまざまざと描いていたけど、ほんとうにナラティブって人それぞれなんだよね。
眉毛の上げ下げから、そのとき履いていた靴、声の調子まで、「覚えている」ディテールが異なる。
それは事実(fact)ではないかもしれないけど、その人にとっての真実ではあるのがややこしい。

闘病を公表していなかったチャドウィック・ボーズマン。ある役者は現場のボーズマンを見て、身の回りの世話をやたら付き人にさせている、なんか勘違いしてるんじゃないか?とネガティブな印象を持ったのだそうだ。彼の病死をニュースで知ったときのショックといったら。「私は何も知らなかったんだ」
私たちにできるのは、決めつけてさばかないことだけだ。オープンに。オープンに。

カリニョが子供の頃マイアミに住んでいた経歴を話始めて、「もしや強制送還か?」と思ってしまったが(それも私のナラティブだ)、さすがにそこまで入り組んだ話ではなかった。航空券を買うくらいのお金もあったようでよかった。

2人とも事実上バイリンガルなので、言語の授業が触媒であるというフィクションに無理があり、言語失敗ネタをはさむ以上の面白さはなかったと思う。
本編でも茶化しているように音楽レッスンでも何でもよかった。

でも、教師と生徒の関係、物理的・心理的距離、2人ともそのバンデリーを意識できる程度に知的、オンラインで話している、という設定ゆえに、英語は口跡はっきり、スラングが少なく分かりやすい("Unprofessional"な酔っ払いトークでさえ)。英検準1級程度でほぼ100%聞き取れるはず。スペイン語がわからない人にとっては半分は字幕だけど。

Happy Hispanic Heritage Month!!!

トレーラー。

SXSWもオンライン。この違和感のなさ。

映画 Shang-Chi and the Legend of the Ten Rings を見た。『シャン・チー/テン・リングスの伝説』

脚本を中心に非常に多方面に配慮を張り巡らした快作だと聞き&オークワフィナを見たくて行った。
良かった。
かなりの部分がしっかり中国語劇(英語字幕)なのも、シャン・チーは親の教育方針で4か国語できるんだヨン、という設定も非常に面白い。
スマッシュヒットだけど、『ブラックパンサー』のときみたいな子供たちの盛り上がりが全然ないんだよなぁ。西海岸でのアジア人の立ち位置を思う。

「マーシャルアーツ」は見ているだけで快感が走るから楽しい。
剣道、極真空手、合気道、茶道を経験してきた私が思うところの「マーシャルアーツ」とは、

  • 極力自分の力を使わないこと。
  • 先達の知見を集約した型の存在が感じられること。芸(先達たち)と相手への敬意を示す型を備えていること。(で、型を極めると最も効率的かつ美しいのだ、という信念がある。先達が自分の中に、というのは本作のテーマでもあるな)
  • 残心があること。

とはいえ、本作は力任せのところも多々あったので、『グリーン・デスティニー』を見返したくなった。

『ブラックパンサー』はマーベルビギナーでもすべての一瞬をフルに楽しんだけれど、本作は他のマーベル作品を知らないとダレているようにしか見えないシーンがいくつかあったね。
キングズレーの舞台俳優が登場して5分以内に観客が3人も席を立ったのは「わかるよ」と思った。

モーリスに対する「顔は?」という反応を見て、確かに!地球上の動物ってあまねく人間が「顔」と認識する要素があるなー!不思議ー!と思って、「顔」がない動物ってなんだろう、と考え始めてしまった。ミミズしか思いつかなかった。

自作『エターナルズ』もクロエ・ジャオ監督ということでぜひ見たいが、トレーラーはチープでいまいちやったね...。

トレーラー。

映画 CODA を見た。きこえる喜び『コーダ(child of deaf adults)』

きこえる喜びが胸をみたす素敵なトリート。
演者全員に拍手。好きな俳優がどっと増えて嬉しい。
折り目正しい教科書どおりのつくりが心地よい。
音大入試オーディションのルビーの「歌唱」はメッセージの音量に圧倒されてむせそうになった。

最後にルビーが送ったサインにはキャプションが入らず、ASLをほぼ知らない私も、"きこえないのにきこえる" 瞬間を味わうことができた。
(後でググって答え合わせしたらちゃんと当たってた。...と得意がるのは恥ずかしいくらいそのメッセージしかありえないんだけど... ところで私はRの文字は両手を使わないときれいに表現できない)

ヤングケアラーの問題な...。
米国だと英語に関して子供に頼り切る移民親問題があるが、あれは親が学べばいいので話は早い。
子供も、親に勉強しようという意思さえあれば決して英語が自分より拙くてもバカにしない。親はそれ以外の言葉もできるわけだしね。
逆に全然勉強しようとしない親は子供になめられます。当然。ときどきいるんだよね、本当に理解できないんんだけど。
「親に話してもわかんないから」という冷たい言葉を二世ティーンから何度聞いたことか。
でもこの映画のデフファミリーの場合は努力ではどうしようもないところがどうしてもある。
最後、コミュニティにもかれらの声が「きこえ」始めている片鱗が見られたのはよかった。

手話同士だと、激しい口喧嘩をしても静かでいいな。
人が怒鳴るのを耳にするのって真正面の相手でなくてもすごく身体にこたえる暴力なので。
といってもASL話者は「あっ、あんな汚いサインを使いやがった」って傷つくんだろうか。

米国ではASL学習は超人気が高い。周囲にも教育過程のどこかでクラスをとった経験をもつ人がたくさんいる。
学区の環境の違いにもよるが第二言語の授業でスペイン語の次に履修人口が多かったりする。
母語話者とのコミュニケーションや言語の魅力はもちろん、『スノーデン』のチャレンジシーンにもあったように「ひみつきち」心をくすぐる意外な実用性も...?

本作はフランスのコメディ映画 La Famille Bélier のリメイクである。
Appleのオリジナル作品を見たのはたぶん初めて。
これからも期待したい。

トレーラー。

サンダンスのインタビュー。

映画 Flag Day を見た。ショーン・ペン一家の家族映画『フラッグデイ』

はい駄作。
ショーン・ペンも、ショーン・ペン的ろくでなし像も大嫌いなのに、出先の調整で見てしまった。これしか時間合うやつなくて...。
冒頭5分の異常に大音量の楽曲で「あぁ、もうダメ...」と思った。全般に音楽の趣味も入れ方もイモ過ぎ。
脚本も非常に厳しい。

一応、実話に基づいた物語だというのが私としては唯一の慰め。
(アメリカのアカウントをまた一つ知ることができたじゃないか、と自分に言い聞かせる)

あとで知ったんだけど、ペン一家総動員。
最後のクレジットがペンペンペンペン。

トレーラー。