英語あそびなら天使の街

在L.A.言語オタ記。神さまのことば、天から目線の映画鑑賞日記。

映画 Lightyear を見た。『バズ・ライトイヤー』

『トイ・ストーリー』はろくに見ていないのだが、クリエイターがかなり闘った作品だと聞いて3D上映館に行く。
おもしろかった。
先週見たばかりだったせいもあるが、新『トップガン』と同じ話やんと思った。
失った同志の子孫の助けを得て過去の失敗を乗り越え、復権を果たす。
"We want to matter"のスピリットや、"Maybe so, but not today"の時代の流れへの抵抗も含めて。

3Dで見ると、ピクサーならではの入魂の食べ物描写のシズル感がプリプリな上、バズのたるんとしたアゴがトゥルッとしててよかった。

それから鑑賞中はずっとこの絵が頭から離れなかった。

ほしよりこ『きょうの猫村さん 1』より
ほしよりこ『きょうの猫村さん 1』より

そういえば猫村さんは紙の本で買った最後のマンガだったかも。結構最近にドラマ化されたんですね。なんという無茶な。

トレーラー。

映画 Top Gun: Maverick を見た。『トップガン マーヴェリック』

よかった。
これは見といたほうがいいのかも?と思わせてくれた多くのプロアマ批評家の人たちにありがとうと言いたい。
1作目の公開時には生まれていなかったであろうわっかい観客たちが興奮しているのも素敵だった。

ちょっと『アポロ13』みたいだったよね。大好きなエド・ハリスも出てたし。

ディズニーアニメ『アラジン』のキャラクターデザイナーがトム・クルーズを参考にしてアラジンを造形した、自分はなんでもできるんだという自信にあふれている感じを取り入れたかったと言っていた。

今日映画館を出たら、通りにずらっと星条旗がはためき(メモリアルデーから掲げっぱなし。7/4まで放置するものと思われる)、はす向かいの教会堂ではフードバンクに行列ができていた。
で、トム・クルーズなるものが体現している良心と自己への信頼がこの国とともにありますように、と願わずにはいられなかった。

でも、この映画で描かれているようなミッションってもう無人でできるんだよね。
設定が現代というだけで物語の障害がウソになる。
さらに言えば、そもそもこのミッション必要だったか?ネイビーを存続させる意味あるか?という話にもなる。
ロマンの受難が続く。

この郷愁はアメリカが銃を捨てられないこととつながっているかもしれない。

海軍の元出納係(そう、軍人ではない)の埋葬に立ち会ったことがあるが、本作のシーンほど大人数ではないものの一応軍人さんが敬礼に来られて星条旗を畳んで置いていく儀式が行われた。
『ミーガン・リーヴィ』でも感じたことだが、意義を維持するための演出大変だなぁ...と思った。

日本で刀時代の終焉の幕末物語が好まれるように、銃マッチョ時代の終わりもたくさん描かれているのに、まだ弔うことができないでいる。

そうそう、だからね〜日本も防衛費増額は絶対やめたほうがいい。
そういうの好きな人が政府に多いから歯止めがきかないのだろうが、これまでの経緯を見る限り絶対つぎ込むところを間違えるよ。それこそ米国で使わなくなった「人力の」飛行機の処理をさせられるとかさ。

トレーラー。

映画 The Janes を見た。Roe v. Wade前史『ザ・ジェーンズ』

1970年前後、Roe v. Wadeの判決が下るまで中絶を支援した活動家グループJaneの記録。
Happeningに続いてタイムリーな公開。

(母親に生まれる前の子を殺す権利などあるものか、と説教する神父の動画に続いて)
It's not a theological argument. It's a put-up job. --- To exclude women from ethical agency...excludes us from humanity, and it turns us into powerless sinners against our own selves. And you can't have that. (Rev. Dr. Donna Schaper)

こないだ、時間の都合で時々行っている教会の礼拝に出席したら、男性の牧師が「レイプされた場合の中絶は許されるのか」というトピックでエラそ~に半ば女性批判みたいな話をしていて、ムカムカした。"let her"ってなんだよ。二度と行かない。
とりあえず、男性は女性の身体の選択に関しては一切口を出さないでもらいたい。

本編ではJaneが活動した当時の産科医は95%が男性で、女性の生殖が男性の支配下にあったと説明されていた。

だから、施術も含めて女性で対応できるようになったときの安心感にものすごく実感がこもっていた。

米国では今でこそ女性のほうが多い医学部も増え、相当人類全体のQOL向上に寄与していると思うが、その点、日本の女性はほんとに気の毒だ。あの男ばっかりの産婦人科学会。女性を不当に不合格にしていた数々の医学部。

ところで、この1年くらいだろうか、「ジャッジする」って普通に日本語で言うようになったみたいね。
スポーツの審判の「ジャッジ」は以前から使われていたから、そのイメージから理解されているのだろうか。
マスメディアや刊行された小説でも観測できるようになったけど、翻訳者としてはまだ地の文に使うのは抵抗がある。
これからもどんなに普及しても書かないと思う。
だってどうよ、和文で「ジャッジする」って?「ペイする」と同じくらい便利ではあるけどね~。

前はjudge、judgementalのニュアンスを日本語で言いたいとき(よくある)、非難する、決めつける、悪く言う、とか文脈によっていろいろな語をあてていたはずだ。
「さばいてはいけません。Do not judge. (マタイ7:1)」という有名な聖句があるので、教会では「さばく」という言葉をよく使うけど、大岡裁き的な意味以外ではあくまでキリスト教業界用語だから、これもjudgeの代替にはしにくい。

トレーラー。

映画 Benediction を見た。テレンス・デイヴィス x シーグフリード・サスーン『ベネディクション』

反戦詩人シーグフリード・サスーンのリレーションシップと死生観のコラージュ。
かなりクセのある作品だが、良い観客陣(諧謔に大いに笑い、今的にあり得ない一言には思わずOh Goshと声に出す)に当たったおかげでとても楽しめた。

ラストの、ものの哀れを他人に投影するところ、私が傲慢にも同じような思いを抱いて世を倦んだのは15歳のとき。
京都の修学旅行であるおじいさんに出会い、「ぼろい家に帰っておばあさんと黙ってテレビを見て昨日と代わり映えのしないおかずを食べるんだ、ああつまらない、人生つまらない」と思い込んだ。それを帰郷してからも長く引きずっていた。

あの頃は妄想が激しかったなぁ...。若いってつらいことだよ。

その後、世事にまみれ、さらにキリスト者になってからは「私の人生も身体も私のものじゃねえし」と悟って世をはかなむことはなくなった。

ところでしんしんと韻を踏まれると入眠しそうになるよね。

トレーラー。

映画 Fire Island を見た。アンドリュー・アン『ファイアー・アイランド』

オースティンの『高慢と偏見』を下敷きに(?)ロングアイランド沖の島でのクィアな1週間を追うロマコメ。
モタモタしてるし、モノローグうっとうしいし、何よりgaynessに欠ける。
ただ、Happeningと同様、自分ごとを思いめぐらす時間になった。

国籍にこだわる人、特定の人種を好む人がやや否定的な目線で描かれる。
それに同意する気持ちもあるのだが、渡米してから特に、指向&フェチズムと差別の狭間に線を引けないことを思い知らされてきた。
「私」は不快に感じるけど、これを差別だと指摘できないよなぁ、というflirtingシチュエーション。

別の話。
sweet!が口癖の男友達がいて、ひそかに"so gay..."と思っていた。
だが、先月初めて彼の地元の州に招かれて遊びに行ったら、三輪車に乗った男の子からドライブスルーのおじさんまでsweet!と言っていて超スイートだった。

Sweeten up pride month.

トレーラー。