英語あそびなら天使の街

在L.A.言語オタ記。神さまのことば、天から目線の映画鑑賞日記。

映画 Collective (Colectiv) を家で見た。あらゆる社会が陥りうる闇『コレクティブ 国家の嘘』

ブカレストのクラブ Colectiv 火災があぶり出したルーマニアの医療システムの闇。

投票率が上がらないために腐敗が進むのはどこも同じだなァ。
加えて、ある程度の投票数が確保された場合も物事はシンプルではなく、自分の知っている世界と投票結果に大きなギャップがあることも。
「えええええ、一体誰がこの党を支持してるの? 何もやってないやん!!!」の衝撃。
やはり米国の民主主義に2016年の衝撃は必要だったのだとわかる。

最近、日本、特に大阪の感染拡大の報に触れて「人災」という言葉が脳裏を去来し続けている。
「本来なら死なずに済んだのに...」がどれだけ無残か。

日本の行政の無策って、ちょっと絶望的すぎないだろうか。
いまだに無料検査を必要なだけ受けられないなんて。
トップが本当のことを言わず、仲間うちの税金山分けに必死になってるなんて。

それから、医療に関して本編で「ウチの国では無理」としきりに繰り返されるのを見ていて、誰でも自分で払える程度の出費で同水準の治療が受けられる(ことになっている)日本の保険制度に感謝するとともに、それが崩壊しかけていることを憂う。

去年、日本の友人宅に行ったとき、保険の恐い紙(督促状)がきてたんですよ。
それを見せてもらって金額に目をむいた。
10年前よりも明らかに負担が大きくなっている。
それなのに、医療従事者には十分な支払いがされず、病床が削減されているという...。

この感染症の機にいま一度、世界が賞賛する日本の保険制度にたちかえりつつ、「適正価格の医療費」を実現してほしい。
日本の医療費はあまりにも安すぎ。
適正に徴収して無駄な受診を減らし、医療従事者にしっかり報酬をお支払いする。
これは、督促状がきてしまった友人の月の支払い額を少なくともオバマケアレベルに均すのと同時にできることだと思う。
今みたいに国が闇に税金を振り向けるのをやめれば。

ルーマニアは、日本と違って少なくともメディアが機能し、かつ積極的に取材をさせるオーソリティがいるのだからまだまだ希望はあると思う。
逆にメディアも全滅の日本は...もうやめとく泣

トレーラー。

ラストの哀歌。サンディフックの理不尽な悲劇と残された者たちの闘いがシンクロする。

映画 Born to Be を家で見た。トランスジェンダー外科を活写『ボーン・トゥ・ビー』

これまでに見たドキュメンタリー作品の中でナンバーワン。
2015年、ニューヨーク州で全医療保険プランに性別適合手術への適用が義務付けられた。
その翌年に開院したドクター・ティン & 医療チームとその患者たちの苦しみと喜びを追う。

ワクワクしながら、時には嬉し涙を流しながら手術台にのぼる患者たち。
マーキングをするドクターを無邪気な期待の表情で一心に見上げる。
麻酔が効くまでドクターの手を握りしめるその手は赤ん坊みたいにvulnerableで、思わずもらい泣きする。

「女」たらしめる、「男」たらしめる人体の要素の多様さ。
いわゆる第二次性徴として明確な点のみならず、おでこの張りとか、顎のまるみとか。
ひとりひとりの患者がパイオニアである。
(中性的な人が往々にして「美しい」とカテゴライズされる理由についても考えた)

自分で貯めたお金で新しい性器を得たDevinに、「息子」との別れが悲しい面もある、痛い思いをしているのを見るのはつらいと話し、しきりにheと言いかけてはsheと言いなおすお母さん。
生まれ変わった、と喜ぶDevinには、その後も残酷な社会の壁が立ちはだかる。

ドーナッツキングに続き、アジア系アメリカ人のあめりか物語でもある。
親からのプレッシャーもまさにアジア系2世、3世のステロタイプそのもの。
音楽を愛するドクター・ティンはジュリアードに進んだものの、「普通の」キャリアを積んでほしい、という親の望みの重さから大学院を去る。
ちなみにバイオリン、ピアノで幼少期からしごき、ジュリアードならむしろ大満足であろうアジア系親ステロタイプも今なおリアル。

ひとつの曲を何度も何度も演奏して一生かけて極めるように、トランジションの手術を生涯かけて完璧に近づける覚悟だという。

神に尽くしたい、というドクター・ティン。
でも、SNSでは差別主義者からの誹謗中傷を受けている。
同じ神のほうを向いているはずが、truth(福音派にとってもこれはJesusとイコールのはず)を完全無視している人たちが大きな力を手にしているこの国にあって、本物の神の御旨だけが成就していくこと、それがドクター・ティンと共にあることを信じる。

私自身は、昔、男子に「チビ」と暴言を吐いたことを思い出して、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいという気持ちでいっぱいになった。
明日は今日よりも、明後日は明日よりもオープンに、骨太かつ繊細な想像力を身につけられるように努力する。
人が社会の構造に合わせるのではなく、社会が生身の人間に合わせて変わっていくべきなのだから。

You’re fighting to be respected.
You’re fighting to feel comfortable in your own skin.

ところでマンハッタンだとどうしても建物の中が狭いよなァ…。
患者さんの急増に伴って早くもオフィスを移転したというけれども、それでもストレッチャーが通りにくそうだ。天井も低い。
救急ではないからなんとかやっていけるのだろうか。

今年は、このクリニックの仕事が「不要不急」扱いにされていないか心配だ。
自殺率の高さを見るまでもなく、ラストの青少年の電話診察を聞くまでもなく、かれらのニーズを満たすのは時間との闘いなのだ。

今日はこんなニュースも。
52 Years Later, IBM Apologizes for Firing Transgender Woman

クリニックでTBCの永久脱毛器が使われていた。
ドクターの自宅には「きのこの山」があった(但し、一番のエネルギー源はハリボとのこと)。

トレーラー。

映画 The Donut King (2020) を家で見た。カリフォルニアのドーナツ史『ドーナツキング』

カラフルなカリフォルニア移民のドキュメンタリー。アメリカのドーナツの歴史をカンボジアまで遡る。
ユニークな成功だけでなく、失敗の派手さも含めて、『RBG』と同じく「アメリカでなければ起こり得なかった」アメリカ人史である。

実は、大学の卒論のテーマを「ユダヤ系と映画業界」、「韓国系アメリカ人とニューヨークの青果業界」、そして「カンボジア系アメリカ人とドーナツ店」のいずれかにしたいと考えていたのだった。諸々あって結局全然異なるものを選んだのだが、アメリカであるコミュニティが特定の市場で覇権を握った歴史に関心があったのだろう。

で、ドーナツの件に関しては、この映画で十分知りたい欲が満たされた。
あのアイコニックなピンクの箱、既存チェーン店が使っていた白色の箱よりも10セント以上安かったので採用したんだって!
今は製紙、印刷技術も変わっているだろうけど、紙の漂白って、コストかかるんやな。

食べ物を作って売る商売は実にいいな。まさに「実業」という感じがする。

この映画に出てくるテッドクランのお店のひとつが、うちから20分の場所にあることが分かったので明日行く。
ダンキンのほうが近いけどあえて行く。
一度はテッドのチェーンに阻まれて西海岸から撤収したものの最近再度猛襲をかけているダンキン。
ダンキン開店の日に、むしろ長蛇の列が途切れなかった、お客さんも「ダンキンもクリスピークリームもパスしてこっちに来たの。だって美味しいもの」と言ってくれるなんて、素敵な話じゃないですか。
みんなで買い支えないとね。

本編を貫くのは、移民の国アメリカのバイタルとしての移民政策礼賛である。
渡米直後には多方面から支援を得て(教会がスポンサーに)、成功してからは「アメリカに恩返ししていきたい」と情熱を燃やす人たち。

ちなみに、テッドさんは故国カンボジアでも政治に関わっているほか、米国では一貫して共和党支持で、上層部ともおつながりがある様子。
渡米の機会を得たのがフォード大統領のときだったからでしょうか。
今年はどうしたんだろうな...。

ていうか、本来は共和党もこのアメリカン・バリューだけは死守してたはずなんだけどね。

今月、日本の知人たちが口をそろえて「トランPが良いとは言わないけど、民主党政権になると(以下苦情)」と言ってくるのでうんざりしている。
たぶん、日本のメディアがそういう論調なんだろう。

今回は特殊だったんだよ、良い治世以前に、とにかくアメリカの建前を取り戻す闘いだったの。
私は真っ青な州でも特に濃紺のエリアに住んでいるので(投票所が閉じるのと同時に青勝利ゼロ打ちになる)、ある意味サンクチュアリにいて、4年間しんどかった、とかおこがましくて言えないけど、それでも心からホッとした。
だから、台湾やヨーロッパの友人や、各国首脳からの「おめでとう、アメリカ」の言葉がとても嬉しかった。
ま、パリ市長の「おかえり、アメリカ」というのは心象にピッタリながら公人がすげーこと言うな、と思ったけどね。

ところで本編では、テッドさんはじめ、第二言語として英語を話す人たちの英語にはキャプションがつくんだけど、同じくカンボジア生まれで英語を身につけたっぽいのにキャプションがつかない人もいるんだよ。
私が聞くと、どちらも変わりないように聞こえるけど、英語が第一言語の人が見て、キャプションがつかない人の英語のほうが聞き取りやすいということなのだろうか...。

◆12/2021追記◆
日本で戦時中に配布された赤紙が赤くなった所以もドーナツの箱と同じくコスト削減(染料不足)だったと知った。
目を引くためのデザインじゃなかったのね...。

キング・テッドの著書。

トレーラー。

ヨセフ "ジョー" バイデンとクリーブランド監禁事件サバイバーズ

ともあれ安堵。
2016年の投票日の夜、恐ろしくて聖書に慰めを求めたら「偽りの舌は滅びを招く」の箇所が開いた。
きっと神に何らかのお考えがあるのだろうと思うしかなかった。実際、この4年間はあまりに大きな犠牲を払い、たくさんの命まで失ってしまったけれど、アメリカという国に必要な荒野のプロセスだったのだと今は思う。

そして、カリフォルニアンとしてはハリスを送り出せるのが喜ばしい。
ドクター・バイデンがファーストレディになるのも嬉しい。公教育に尽くしてくれるはず。

バイデン自身は...たぶん、これからいろいろな埃が出てくると思う。私も何度か眉をひそめた。
でも、次のエピソードを読んだ私にとっては、少なくともlesser evilだ。そもそも、アレ以外ならネコでもスノコでもいいと思ったのだし。
クリーブランド監禁事件のサバイバーの女性たちがホワイトハウスに招かれたときのことを書いた手記から。

私たちは副大統領との面会のため、小さな客間に通された。化粧室に立って戻ってくると、ギャーーー! 目の前にオバマ大統領が! ジーナとベスに話しかけている! 大統領は私の名前を呼び、手を差し出した。
「こんにちは、アマンダ。副大統領に会いに来ると聞いて、私もぜひ挨拶したかったんです。心からあなたを誇りに思うし、会えて光栄です」
そして大統領は言った。「写真を撮る時間はありますか?」
忙しいのは彼のほうなのだから変な質問だけど、敬意を持って接してくれているのが分かった。
副大統領も一緒に並んで写真を撮ると、大統領は「ウクライナの用事を片づけないといけないから」と、出て行った。もちろん冗談めかして言ったのだけど、そういえばここはホワイトハウスなのだ。


副大統領は私たちに椅子をすすめると、自分も前かがみに腰かけて、世界に自分たちだけしかいないかのようにジーナと私をじっと強く見つめた。「あなたたちがどれだけの苦しみに耐えてきたのか、想像もできませんよ」と副大統領は切り出した。「絶対に誰にも分からないと思う」。そして彼は1972年の悲惨な事故で妻と娘を失ったことを語り始めた。その目に涙があふれてくるのを見て、私たちも一緒に泣いてしまった。
「私はこの出来事に向き合う勇気を持てなかった。だから逃げた。考えないようにしたんですよ。立ち向かうだけの力は私にはなかったのです」。副大統領はこちらに体を傾け、まっすぐ私の目を見た。「あなたのようにはできなかった」。そしてジーナに向き直った。「あなたのようにも」


副大統領は傷を乗り越え、たくさんの偉業を成し遂げてきたのだ。それがどれだけすごいことか。彼にできるなら、私にもきっとできる。事故が起きたとき、副大統領は29歳だったという。私は28歳だ。これから新しい人生が待っている。それに、彼の言うとおり、今までの地獄を思えば、どんなことにも立ち向かえる。そして、副大統領が臆せず人前で涙を流しているのだから、私だって泣いていいのだ。


45分間ほど話したところで、副大統領は「もう行かなければならないけれど、お昼をご馳走したい」と言ってくれた。補佐の人に案内されたホワイトハウス食堂(mess)は、全然乱雑(mess)ではなかった。地下の素敵なダイニングルームだ。昼食時だったので込んでいて、隣のテーブルでは議員たちが食事をしていた。私は写真を撮りまくった。もうびっくりすることだらけ、大統領の紋章が型押しされたバターまで! 
部屋は心地よく、私たちは冗談を言っては笑い、クリスタルのグラスで炭酸水を飲んだり、白い布のナプキンを使ってクラブハウスサンドを食べたりした。


Amanda Berry他著 "Hope: A Memoir of Survival in Cleveland" より拙訳

ちなみにこの事件の犯人はオバマが大統領になるのを嫌がり、いつも口汚く罵っていたという。

バイデンは、その名Josephのとおり、聖書の人物の中でも特別に神に愛されたヨセフのような祝福を受けてきたのだろう。
神からのヒイキを無邪気にしゃべって(天然)ねたみを買い、長年の労苦を経て王にのぼりつめ、110歳まで生きたヨセフ。
この先4年間、これまで以上に神のご加護がありますように。

今晩の当選後初の演説でバイデンは伝道者の書3章を引用した。

天の下では、何ごとにも定まった時期があり、すべての営みには時がある。
生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。
殺すのに時があり、いやすのに時がある。

そして、今、アメリカをいやす時だ、と続け、faithをkeepするだけではなく、spreadしようじゃないか!と締めくくった。

そういえば、45代の就任演説に引用されたのは詩編133章の「兄弟たちが一つになって共に住むことは、なんというしあわせ、なんという楽しさであろう」だった。中東への犬笛だという説もあったが、文字どおりとれば皮肉の極みだった。随分と狭いくくりの兄弟のまま終わったものである。いや、まだ2か月あるぞ。私は彼のためにもずっと祈っている。

映画 Coming Home Again を家で見た。ウェイン・ワン『カミング・ホーム・アゲイン』

ニューヨーカー誌掲載のチャンネ・リーのエッセイをもとにした作品。
アジア系アメリカ人のステロタイプ・エピソードを詰め込んだ。
とはいえ、子どもに圧をかける親も、lost in translation も、クリスチャンコミュニテイも、サンフランシスコも、家の味の引き継ぎも、今なお真実。
でも、少なくともこの20年は日系はこの限りではない気がするんだよね...。あくまで大陸からのアジア系移民のステロタイプ。
背水の陣を敷いているか否かの違いか。

旅行ではなく移住のために渡米したとき、仁川経由の大韓航空を利用した。
LAXに着陸した途端、隣席のアジア系の若者が電話をかけ始め、「ソウル最高だった、たくさん親戚に会った、みんないい人だったよ」と興奮して話していた。
どうやら初めて一人で親の故郷に行って盛大な歓待を受けたらしい。
今ではそのへんの人から故国の話を聞かされるのは日常の一部だけど、このときは「移民国家アメリカに来たのだ」としみじみしたのを覚えている。

この映画は悪くなかったけど、父親の存在が不気味でつらかった。
常に体が硬いというか。

教会の人たちが来てくれるシーン、いろいろな意味でひどかった。
彼も子どもの頃に教会に行かされたことくらいあるだろうに、今更ナイーブすぎるだろう。
そして、かれらの肉の伴わないエバンジェリズムの問題に加え、バレットが最高裁判事に決まりそうな今日、「キリスト教」(キリスト教じゃなくて「キリスト教」ね)が権力者に利用されているのは神様的にいいんですかね?と上に問いかけずにはいられなかった。
何においても御旨が最善だと信じているし、アメリカのシステムにおいてもそれが実現されるようにと祈り、行動することはやめないけれど。
ヒラリーも敗北演説で言ってたやん?

Let us not become weary in doing good. (Galatians 6:9)

必要なら裁きが下るだろうしね...。偶像崇拝は一番大きな罪なので...。

最近見てウケたコメディアン、ジミー・O・ヤン(『クレイジー・リッチ!』のアホボン)のインタビュー。
話を聞く限り、彼のバックグラウンドもジ・エイジャン・アメリカン。