英語あそびなら天使の街

在L.A.言語オタ記。神さまのことば、天から目線の映画鑑賞日記。

暴力をゆるした環境の記憶

ひょんなことから、昨年、ある演出家(Z氏)が劇場で役者に暴力をふるい、勤務先の大学を停職処分になったことを知った。
大手の報道は時事通信だけで、その記事では彼の名前は伏せてあったので、たまたま演劇関係者のブログを見なければ知らないままだったはずだ。

「殴るタイプ」の演出家であることは、業界の人間ならみんな知っていた、というコメントも見た。
「殴るタイプ」って。。。でも、まあ、うん、そうでした。

私は数か月だけ、彼の稽古場に出入りしたことがあったのだが、その短期間に2度も役者に暴力をふるうのを見た。
記事では頭の後ろを3回叩いたとされているが、私が見たのは足蹴りである。
どちらも、カーっときたらしき経緯がよく分からなかったのだが、1度目は、具合が悪かったのか、稽古中、自分の出番外に床にへばっていた役者を5回くらい蹴飛ばした。
ビックリした。

2度目は、板付き稽古のときだったと思う。いきなりがーッと舞台に上がったかと思うと、役者に何度もけりを入れ続け、他の役者が止めに入った。
このときは、短足を繰り出して必死で蹴っているZ氏が滑稽で、ものすごく冷えた気持ちになった。

前者の役者は後で静かに涙を流していたが、どちらもその後何も訴えなかったし、普通に本番、打ち上げにも出ていた。
たぶん、2人ともそれなりに自分に非があったと省みる点があって、暴力を受けるなんておかしい !!! とは思いもしなかったのだろう。

私も、「殴るタイプ」の演出家の存在をゆるした。
ブチ切れて暴力ふるうなんて、子どもっぽいなあ、みっともないなあとは思ったが、「ありえん」という問題意識はわかなかった。

小学生の頃、いつも物静かな先生が、メガネをかけた女の子を「メガネザル」とからかった男の子をいきなり殴ったことがある。
床に倒れた彼が(そのくらい強烈だったのだ)鼻血をたらしながら、何が起こったのか分からない、という顔で先生を見上げていたのをよく覚えている。
その後、先生は何も言わず、洗い場まで彼を連れて行って手当していた。
「殴ったのは悪かった、でも先生の手も痛かよ」みたいなパターン。
男の子は、親とかにこの日の出来事をあえて話さなかったんじゃないかな、と思う。

暴力絶対反対。でも、私はZ氏の暴力をこの先生と同じような文脈の話としてゆるしてしまった。

停職2か月ってオオアマ処分だ。
ただでさえ小劇場業界って島国すぎるので、今回業界外の正常な論理にふれたのを奇貨としてどうか自浄作用を働かせてほしい。

ついでに言えば、私が出入りしていた頃のあの界隈って、空気のかわりにタバコ吸ってるような人ばっかりだった。Z氏含めて役者も裏方もみんな超チェーン。
稽古場として借りた公共施設(禁煙!)でも傍若無人で吸い続けるので、「こんなだから小劇場って世の中に受け入れられないのよ」とイライラしていた。
さすがにそれは変わっただろうか。

映画 The Cave (2019) を見た。シリア空爆下の医療現場から『ザ・ケーブ』

命がけの作品。事実、撮影中に4人もの関係者が命を落としたという。

アカデミー長編ドキュメンタリー映画賞はオバマ肝入りの『アメリカン・ファクトリー』が有力らしいけど、それよりもこの作品に受賞してほしい。少しでもたくさんの人に見てもらえるように。

取り上げられている問題は、空しい戦時下で人助けを続ける苦しみと、この地域における女性の自立の困難の2本柱。

後者について少し。
冒頭、Dr. Amaniがマネジャーだと聞いて「男を出せ。女は家にいるものだ」とつっかかる男性に劇場内爆笑。
確かにあまりに絵に描いたような言説で、やらせなんじゃないかと思うほど。
しかも戦時下で選択は贅沢、な状況で。
Dr. Amaniはしっかり怒ってたけど、それでも医大時代の話なんかを聞いていると、女性が医師として立つには日本よりマシなのでは?と思わざるを得なかった。

最近、女性の一律80点引きが報道された聖マリアンナ医大はじめ、医学を志す女性に対する差別には怒りに震えている。
人の人生をふみにじっていることはもちろん、医療界やもっとその上の人たちの10年先すら考えようとしない態度に猛烈に腹が立つ。
現状、男性が多いにしても既に回ってないんですよね?(誰かが当直明けて続けて働いてるのは「回っている」とは言いません)
今後、そもそも人間の母数が激減していくのも分かってますよね?
だったら男女かかわらず人間的な条件で働けるように、どこかで痛みをこらえても体制を変えるしかないじゃないですか。

話を本作に戻すと、男性が女性差別に宗教を利用している、という嘆きも、どの宗教かにかかわらず共通しているよな、と思った。
男性は聖典の都合のよいところだけつまんでいると。

私は旧約・新約の神がつくった男女の秩序「夫に従え」は、男女に優劣があるという意味ではなく、けがれた人間の社会を少しでもうまく機能させるための神の妥協策にすぎない、という解釈を飲み込んでいるんですけど、残念ながらこの記述を盾に、つまり神の名をかたってヘンな押し付けをする人は確かにいます。
『大草原の小さな家』を書いたワイルダーは敬虔なキリスト者でしたが、結婚式で「夫に従う」と誓わないことを選びました。

それから、学生時代のバイト先にエジプトからの国費留学生で、Amaniさんという女性がいたなあと思い出した。
なんと大学院で源氏物語を研究していた。そんな研究テーマなのに「日本で学ぶメリットはない」とも言っていたなぁ...。

「神さまは本当に見守ってくれているのだろうか」と何度も疑問を投げかけるDr. Amaniや医療スタッフたち。
それでも信仰を捨てないらしい。
世界中のDr. Amaniが十全に神から与えられた賜物を生かすことができますように。

トレーラー。

見に行かなかった2019年の映画作品のこと

映画について、「よりによって、なんで〇〇を見てないの?」と聞かれることがある。
フランチャイズ(『スター・ウォーズ』とか)や、アニメ(『アナ雪』とか)には、もともとあまり興味がないので、それ以外の2019年人気作を見に行かなかった理由をメモしておく。

● Ford v Ferrari 『フォードvsフェラーリ』
MeTooについて最悪な発言をしたマット・デイモンにお金を落としたくないから。
Matt Damon Apologizes for His #MeToo Comments: “I Am Really Sorry”
(でもSNLで彼が演じたブレット・カバノーには腹抱えて笑ってしまった。面目ない)

● The Irishman 『アイリッシュマン』
私は「裏社会モノ」は見ず嫌い。『ゴッドファーザー』もよほどきっかけがなければ見ないまま一生終える可能性あり。

● Jojo Rabbit『ジョジョ・ラビット』
どんなカリカチュアでもヒxラーを目にしたくなくて。でも、ジョハンソン好きだし、いずれ見る機会はあるかも。

● Joker 『ジョーカー』
単に興味が持てなかった。ホアキン・フェニックスもあまり好きではない。

● Richard Jewell 『リチャード・ジュエル』

故人の名誉を世にも最低のやり方で傷つけた脚本だと聞いて。事前に報道してくれてありがとうという感じ。
イーストウッドの作品は透明感があって好きなのだが、『グラン・トリノ』の女性性の表象に首をかしげて以来、要注意物件でもある。
Clint Eastwood's 'Richard Jewell' criticised for suggesting reporter traded sex for information
Richard Jewell's lawyer agrees the movie smeared Atlanta newspaper reporter

ingoditrust.hatenablog.com
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映画 Les Misérables (2019) を見た。新『レ・ミゼラブル』

アカデミー国際長編映画賞ノミネート作。
フランス語講師のすすめで見る。といっても英語字幕をガン読みする。

ユニークな作品。冒頭と宣伝美術の大上段と比べ、事件は何と小さな世界で起きていることよ。

口の悪い人たちが怒鳴り合っているのに、Uncut Gemsと比べると全然毒が回らず、むしろさわやかでさえあるのは、使用言語のせいか、子どものせいか、アッラーの神のおかげか。
続々出てくる多分野の野郎たちに私の苦手なDV顔、ブチ切れ顔が1人もいなかったこともあるかなぁ。

私たちのフランス語講師のマダムは、「フランス語はゴミという言葉さえ美しいのだ」と言いながら、ゴミ、ゴミ、ゴミと何度も発音してみせてくれる。
アメリカに移住して長いようだが、パリへの望郷の念は強いようで、授業ごとにデモの心配をしている。
ついでにプライバシーに非常にセンシティブで、会話練習の流れで行ったことのある国を聞くのにも「あまりpersonalなことは聞くのは申し訳ないけれど」と前置きしたりする。

今回、英語字幕でフランス語作品を見て、このふたつの言語のもつ蔑称の豊かさ(?)とそれを日本語ローカライズする困難さについて考えた。
Motherf●cker、old c●nt、retard、birds●it...
どれにも笑いがわいた。後席にフランス語話者カップルが座っていたが、ほとんどはフランス語の流暢な客ではなかったはず。
フランス語・英語間の蔑称は文字どおり訳してもわりと機能するのだ。
これを日本語にしようとすると、マ●コ野郎とか、ノロマとか、バカモンとか、日本語ではそんなふうに人を呼ばないので不自然、というのはキャラクターが日本人でないことから差し引けるとしても、単に面白くなくなるのがね...。

ラストは好き。ある意味、安心した。

トレーラー。

映画 The Invisible Life of Eurídice Gusmão / A Vida Invisível を見た。カンヌ「ある視点」賞『見えざる人生』

カリン・アイヌーズ監督のカンヌ 2019「ある視点」部門大賞受賞作。
1950年代のブラジル。物語には突っ込みどころが多いが、画面の艶っぽさが魅力的な作品。

Guidaが死んだことを聞いたEurídiceや父親が、せめて直前まで彼女と一緒にいた人たちに会いに行こうとしなかったのが納得いかなすぎる。
実際にはGuidaはなりすましで死んでないので、そうすれば再会できたんですよ〜。

あと、音大のオーディションの場面では『ロンバケ』最終回の失笑コンクールシーンを思い出しましたね。
「ピアニストを志す人」の造形はもっとしっかりやってほしかったわ。

ただ、現代になってGuidaそっくりの孫には会えたわけで、二十歳になるかならないかのとば口でどんどん子どもを産み育てるのにも理はあるのだな、と思った。

原作小説の英訳版。

トレーラー。