英語あそびなら天使の街

在L.A.言語オタ記。Python、Ruby、JavaScript、神さまのことば、天から目線の映画鑑賞日記。

映画 Whitney (2018) を見た。取り上げられたギフト『ホイットニー~オールウェイズ・ラヴ・ユー~』

ああ、かなしいなあ。

前にも何度か書いたが、MJとホイットニーの突然の召しについては、地球生活があんまりにつらそうだから、神様が「こりゃかわいそうで見ちゃおれん」と特別愛する子たちを早めに連れてったんだろう、と思うことにしていた。
MJもホイットニーも本当にフラジャイルな天才天使なので。
The world didn't deserve her/him.

でもこのオーガナイズされたケヴィン・マクドナルド版のドキュメンタリーを見て、どちらかというと、ホイットニーが与えられたギフト、タラントを汚し始め、つまりは神の顔に泥を塗り始めたので、それを取り上げてしまったんじゃないかなという気がした。
500人以上が途中退場したという残酷なライブには観客全員が目を覆った。
薬に溺れる前は歌で神と人に仕えていたのに。

おおよそ、持っている人は与えられていよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。(マタイ25:29)

いずれにしても、大画面で改めて見る彼女のゴスペルやデビュー映像や国歌斉唱は実にソウルフルで、「私たちはこの可憐な天使を守れなかった...」という残念な気持ちに変わりはない。
聖歌隊で歌っていた頃の若き日の映像、良かったなぁ。どんな教会だったのかを垣間見ることもできた。

やっぱり、信仰をもっていて神様に溺愛されていたのに、神の言葉に従わなかった(偶像崇拝に走りまくった)のがつくづく泣ける。

またその点では、シシー母が伝道師と関係を持っていた、という新事実が一番引いたし、そりゃないぜ、と思った。
シシー母のメモワールで、娘が召されても主から離れない信仰に感動していたので...。

残念だけど、親が不倫の末に離婚した、という子はざらにいる。
でも、さらに親がhypocriteだった、というのは特に傷が大きいと思う。ただの「あやまち」じゃないもん。
神を讃えることを厳しく教えてくれた母親が神を裏切っていた、と知ったら立ち直れないような気がする。

小学生のころ、床屋で周囲を気にしながら読んだレディースコミックにすっごく怖い話があったんですよ。
神経質に性の話を忌み避ける生真面目な父親のもとで潔癖症に育った女性が、ふと父親が外で薄汚れた関係を持っていることに気づき、天地がひっくり返って衰弱したところをレイプされ、正気を失って堕落していくという...
映像では母親に甘えるシーンもあったし、シシー本にもいかに娘が自分を誇りにしてくれたかが書いてある。
でも実はホイットニーはシシーを歌手として尊敬しつつも最後まで信頼できなかったんじゃないだろうか。かわいそうに。

ホイットニー(と母?)がサタンの誘惑に勝てなかった影響をもろに受けたクリッシーちゃんの人生も辛すぎ。どうか安らかに。

関連:
『ボディガード』のめっちゃエエセリフ。
シシー母の著書 Remembering Whitney について。

ちなみに本作を見るきっかけになったラジオの映画評(ホスト1人 + 男女レビュワー2人が好き勝手言うプログラム)で、同時に日本のアニメ Fireworks 『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』(今、邦題ググった)のレビューもあったのだが、批評以前に「女性の描き方がキモい」(ホストが"fan service"という言葉でフォローしてあげていた)「disturbing」「uncomfortable」「ターゲットが皆目分からない」とケッチョンケチョンにされていた。

トレーラー。

伝説のスーパーボウル歌唱。時節柄、様々なレイヤーが織り込まれていて、人々はそれぞれ聞きたい言葉を聞き取った。