英語あそびなら天使の街

在L.A.言語オタ記。神さまのことば、天から目線の映画鑑賞日記。

アイ~ンのライムライト

最近は昼間に米タスクフォースや加州ニューサム知事の定例ブリーフィング、夕方、日本が開いたら、国会中継やニュースを流している。
で...日本はいつまで「ぎりぎりの局面」「時々刻々と変化しており油断はできない」と言い続ければ済むのだろう泣

私は『8時だョ!全員集合』はあんまり覚えていないのだが、『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』は毎週すごく楽しみにしていた。
が、悪い意味でドキドキウオッチングでもあった。母親が嫌がっていたからだ。
でもなぜか、直接子どもに「やめなさい」とは言わず、一緒に見ていた父親に「ちょっと汚すぎるわ、他のにしてよ」とよく言っていた。

『加トちゃんケンちゃん』が終了してからは、シーズンごとのドリフ特番をよく見た。
私が志村けんのパフォーマンスに衝撃を受けたのはその特番のエピソードのひとつだった。

あれはいったいなんだったのだろうか。

一切笑いなし、最後の子ども以外セリフなし、バックには葬式でよく流れる篠笛の旋律が。
もしかすると白黒だったかもしれない。

志村けんと、奥さん(たぶん、いしのようこだったと思う)、少年の3人家族。
夫婦は大喧嘩し、奥さんは出ていく。
志村は酒におぼれる。
ずいぶんたったある冬の夜、奥さんが戻ってくる。
が、座敷で飲んでいた志村は腹に痛みをおぼえてよろよろと立ち上がり、縁側から雪の上に喀血し、妻の姿を見ることなく倒れる。
仰向けの夫のそばに駆け寄った奥さんは、口をおおって悲痛の表情を浮かべる。
少年は倒れた父の肩を揺さぶりながら「お父ちゃん、起きて、お母ちゃん帰ってきたよ」と繰り返す。

この10分ほどの無声劇を見た子どもの私の精神には相当の負荷がかかった。
以降、ずいぶん長い間、志村の寂しい姿を思い出しては苦しくて怖くてたまらなかった。

だから、『鉄道員』で彼が酒に頼る貧乏なひとり親の役で登場したとき、「血を吐いたらどうしよう...」と不安になった。
幸い(?)この映画では、酔っ払いシーンでお笑いの本領を発揮しつつ、炭鉱の事故で画面の外で亡くなった。

そんなわけで、私にとっての彼のイメージは「大きな悲しみを隠して人を笑わせているプロ芸人」という面が大きくて、逝き方にも『ライムライト』の道化師の悲劇が重なるのがひどくつらい。
最後までお酒が大好きだったという志村さん。家に空き巣が入ったとき、「1人だし、怖いんですよね」と言っていた志村さん。
「好きなことができて、幸せだと思います」という生前のインタビューに私はめちゃくちゃすがっている。

とてもかわいがっていたという彼の愛犬は、今どうしているのだろうか。

スカパラ、上妻宏光氏との共演。こういう姿や、金城武との台湾PR(古)など、喜劇みの薄い作品は上述の印象が薄くて慰められた。勝手な話だけど。