アメリカン・ウーマンのタイトルにふさわしい小説。
ペンシルバニアの小さな町のささやかな風景がすみずみまで染み入る。
同じ製作者の『マンチェスター・バイ・ザ・シー』の主役を女性に変えたらこうなるよね、という感じ。
ただ、肝心の「娘の事件」の影が薄いんだけど...。
時間が2度ワープするせいもあってか、娘の帰る日を待ち続けているという重荷はあんまり伝わってこなかった。
日々、皆それぞれに痛みがある、ときには喜びもある、というのは生々しいけれど、終わってみると娘の事件いらなかったんじゃね?と思った。
そう思うと、主役の中に一貫して動かせない石が鎮座ましましているのが目に見えた『マンチェスター・バイ・ザ・シー』は、よくできた作品だったのだ。
直後の慟哭の日々をあえて省いているのは同じなのに、その積み重ねが伝わったもんなあ。
向かいに暮らす丸いお姉ちゃんとお義兄さん、あんな人たちが隣人なら心強いですねえ。
少年(成長に沿って3人が演じるが、赤ちゃんが羨ましいほど大人しい。一番上のお兄ちゃんヘタ)もいい意味で適当に育てられている。
ひいおばあちゃんと横顔の面影が重なって。
ポスターのイメージに娘の事件の結末があしらわれているが、先述のとおり、事件の影が薄いので的外れ感がある。
この映画を象徴するのはあのシーンではないんでは...
トレーラー。