英語あそびなら天使の街

在L.A.言語オタ記。神さまのことば、天から目線の映画鑑賞日記。

映画 Darkest Hour を見た。チャーミングな巨人『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』

『ダンケルク』前夜の「会議室」を舞台にチャーチル像を描く。

面白かった。言葉を紡ぐ天才であるだけでなく、聞く耳持つチャーチルかっこいい。
チャーチルと言えば、私は犬養道子氏の賞賛の目を通して見ていたところがある。

1964年のクリスマス前、ウェストミンスターのノエルベーカーから手紙を受け取った犬養氏は、英国の政治家たちを回想する。すべて、『マーチン街日記』から引用。

「英国民の歴史」でノーベル文学賞を受けた保守党のチャーチル。「軍備競争」でノーベル平和賞を受けた労働党のノエルベーカー。英国の政界は一寸したものである。

そして年明けて1月18日(ボストンで)。

チャーチル危篤をテレビが伝える。
夜、チャーチルという政治家のことを考える。英語民族の歴史全四巻を、アングロサクソンの発生からアメリカ大陸への移植さらに今日の英国まで、しっかりした自分の史観に立脚して書き通せる人物だった。このような歴史家・著述家・政治家は日本には見当らぬ。残念。
政治家は歴史を見る眼を持ち、自分の史観を持たねばならぬ、というのが彼の一つの信条であり、彼は信条通り生きて来た。彼の生涯を、また立場を、批判することはいかようにも出来る。しかし、少くとも、彼のごとき「歴史著書の大作をものした政治家」は、高く評価されねばなるまい。

残念ながら、日本ではまだ残念状態は続いています。「史観」もなァ...
アメリカ同様、法曹界出身者はわりと多いけど、その言動は全然人文を修めたように見えないどころか、本すら読んでない感じがするんだよね…(最近の大阪市長独り相撲はその一例)

1965年1月24日。

今暁、チャーチル逝く。
一つのエポックの終った感あり。そのような感慨を死に際して、他国の人間にも抱かせる政治家は、彼のほか、ドゴールくらいしかあるまい。
第二次大戦時の彼の苦悩と決意と努力を思い、ふと、くらべてみたくなって、リンカーンの就任演説を読む。ゲティスバーグの演説よりも、ローソクの光のもと、ほとんど即興的に、思いのたけを書き流したというこの演説の方が私は好きである。苦悩し、決意し、祈り、愛し、努める人間の心が躍如としている。理想をかかげ、国土と人間を愛し、しかもその理想と愛とをつらぬくことの難さを知って身ぶるいする人間の真情が生き生きと出ている。

途中でリンカーンの話になってしまったが、この映画でも、チャーチルが、時にはシンデレラのタイピストの手を借りつつ「ほとんど即興的に、思いのたけを書き流した」場面がしばしば出て来る。

必死で口述していたつもりが、タイピストに指摘されて初めて呻いていただけだったことに気づくなど、聖書の異言を思わせた。
知性を越えた霊が喋ってるの。

現代はスピーチライターが腕を振るうのが普通だし、それをあえて指摘するのはナイーブにすら感じる。
マララがノーベル賞受賞した時に「でも、あのスピーチは自分で書いてないよ!」と鬼のクビとったように言う大人が結構いて「だから何?」と思ったものである。

でも、この知の巨人は全部自分の生の言葉で語っていたのである。かなわんですよ。

役者さんの中では、ゲイリー・オールドマンはもちろんのこと、ジョージ6世役のベン・メンデルソーンがノーブルかつシニカルで良かったです。

映画ではチャーチル夫人クレメンタイン(クリスティン・スコット・トーマス、素敵)が果たした大きな役割も添えられています。
発売時に装幀が素敵すぎて買った、夫妻のバイオグラフィ。

ところで、チャーチルのオカン、ジェニーが破天荒なアメリカ美人だったというのはfun factだと思う。
英国のエスタブリッシュメントからはチャーチルは生まれ得なかったのかもね。
いやほんと、この人、息子よりも数倍ムチャだから。

私の20年来の愛読書。英国まで遡る米国史研究の手本でもある。
長命された犬養氏も今年、鬼籍に入りました。

トレーラー。