英語あそびなら天使の街

在L.A.言語オタ記。神さまのことば、天から目線の映画鑑賞日記。

映画 A Hero (2021) を見た。カンヌ2021グランプリ『英雄の証明』

宣伝美術のイメージに反してシーラーズの庶民の日常を描いた作品で、とても面白かった。

聖書にもたびたび出てくる「取税人」のつらさを思う。
相手を信じてお金を貸しているのに、なんだか悪者になってしまうという...。
本作の「取税人」にはかっこいい娘さんがいてよかった。

椅子とテーブルがあるのに会食は地べたなの、面白いな。
あれを見て最後の晩餐がテーブルなのはおかしいよな、と思って少し調べたら、やはり当時あの文化的地域では低いちゃぶ台のようなものを使い、床に座って食べたという。
私は、日本の人さまの家で座卓(冬はこたつ)がテーブルと椅子に変わって「前のほうがよかったのにぃ」と思ったことが2度ある。
1人は祖母。ずっと大きな座卓にソファがあったのがあるとき帰省すると部屋いっぱいのテーブルに変わっており、室内の圧迫感が強い上、座れる人数が限られてなんだかゴタゴタしていた。
もう1人は年に2回ほど泊りがけで遊びに行っていた友人。こたつでグダグダできるのが本当に快適だったので、テーブルに変わり、軽くがっかりした。
でも、どちらも「テーブルのほうが座るのも食事の準備もラク」「家族が車いすになった」と、バリアフリー的理由。
人類は長命し、地面からより高くへと離れていくのである。

ラヒムが自ら盛り付けをしてお世話になった人に届ける食事、美しかった。
ラップとか何もかけないの。

この映画のテーマcreditに関して言えば、物語の中で一番のヒーローはタクシー運転手さんじゃないかな。
「信じる力」がすごい。
ラヒムの潔白の証明に奔走し、「イノセントな市民に何してくれるんだ」と主張する。
「刑務所に入ってた奴からお金なんてもらえない。この世は不公平だよ」と言って運賃を取ろうとしない。

マジで不公平なのよ、この世は。
それでも正直が最善の策よな...と確認させられた掌編だった。

ついでに連想した対話を。

「信じる」には圧倒的な迫力が必須
(中略)
内田: (中略)「あいつのどこがいいの」って人から言われたりする人間でも、僕にとってはいいやつなんだよ。僕は何でも信じちゃうし、すぐに「ハグ~」っていうふうになるから。その人としては僕にはできるだけいい顔を見せておくようになる。お互いにとって、そのほうがお得だと思うんだけどね。
名越: そうなんです。でもこれは疑り深い人が真似しようと思っても失敗してしまう。そこには信じる迫力がないからなんです。内田先生が、今「ハグ~」っておっしゃったけど、まさにそうで、相手とまずハグするぐらいの迫力が必要。しかも、ゴリラ的ハグみたいなバーンとしたものが必要なんですよ。
橋口: 信じるには、圧倒的な迫力が必要なんですね。
名越: すごく必要。「うぉーっ。友達ー!」みたいなね。
橋口: 敵をも抱きしめる、本当に強いヒーロー級のね?
名越: そうそうそうそう!(笑)


信じる力をどれだけ信じるか
(中略)
橋口: 私の場合の「信じる」は、根気なんですよね。例えば小学校の頃とか「うちにパンダがいる」とかって言い出した子の嘘なんて徹底して信じた。途中、自分の心が負けそうになっても「明日は会えるかもしれない。今日はたまたま家にいなかったんだ」とか思ったりして、もう必死に信じるっていう。で、親とか周りの大人に言うと「嘘に決まってんじゃないのよ」って言うんだけど、なんかその「嘘だよ」っていう時の大人の感じのほうが嫌だったのね。
名越: わかるよ。すごいわかる!
(中略)
名越: 仏法でも悪に対抗するのは、善心、大慈悲であるって言うけど、ほんとにあなたのは、善意で人のちょっとしたいたずら心をぶっつぶすよね。
内田: はははは。
橋口: 確かに嘘をついた友達、最後は「全部、嘘だった」って、ぐったりして泣きそうな顔で言った。
名越: 君、善意の怪獣! その子、信じられることがものすごく怖かったと思うよ。
(中略)
内田: 大きな仕事をしようと思ったら、皆で信じるっていうのが一番爆発的な力を持つからね。信じられた人も、みんなこれだけの信託を受けたら、もう引っ込みがつかないから、やらなきゃっていう気になる。信じられると人間は変わるんだよ。逆に誰からも信じられない人はますます信じることのできない人になる。信じるということのハードルを高くすればするほど、人間は不幸になるんだよ。
内田樹、名越康文、橋口いくよ著『価値観再生道場 本当の仕事の作法』より

日本では縁のなかったcredit scoreのシステムについてももっと知りたいと思った。

英語字幕で鑑賞。

【5/2022追記】「有罪になった」は誤報で、まだ裁判中とのこと。
【4/2022追記】
本作、監督がフィルムクラスの教え子のドキュメンタリーを盗作したという判決が下る。
訴えたマシザデさんのまんまなドキュメンタリー。超権力勾配の中で先に監督から逆ギレ提訴をされた経緯 & 現地の法制度について聞く限り、かなりの勇気が要ったと思う。

トレーラー。