英語あそびなら天使の街

在L.A.言語オタ記。Python、Ruby、JavaScript、神さまのことば、天から目線の映画鑑賞日記。

金持ち父さんの一番の繁栄の鍵(株や不動産買うより簡単)(シリーズ献金 その12)

私のファイナンスの助言者である姉妹が不意に『金持ち父さん貧乏父さん』の改訂版を貸してくれた。
邦訳版にはKindle版がないので貴重な機会。
随分前に読んだのに何も覚えていなかったようだ。今回は、今後の10年の仕事のしかたについて考えていた時でもあり役立つ指摘が多かった。

「与えること」が何より重要だ、と書かれていた(YES)のも、以前読んだ時には全く心に留めていなかったらしい。
2箇所だけメモ。

金持ちはすべてを動かしているが、所有しているものは何もない。反対に、中流以下の人間はすべてを所有しようとして、結局はそのすべてを政府や、自分と同じ中流以下の人間への支払のために失う。

スタートを切るための10のステップ
10) 「教えよ、さらば与えられん」与えることの力
(中略)
金持ち父さんが教えてくれたことで、私がこれまでずっとモットーとしてきたことの一つは、出し惜しみをしないこと、与えることだ。高い教育を受けた私の実の父も、時間と知識という点ではたくさんのものを人々に与えた。だが、お金をあげたことはほとんどと言っていいほどなかった。前にも言ったように、私の父の口癖は「よぶんなお金ができたら、人にもあげる」だった。もちろん、そんなよぶんなお金はいつだってなかった。

金持ち父さんは教育だけでなく、お金も人々に与えた。彼は収入の十分の一を教会へ献金すべきだとする「十分の一税」という考え方を固く信じていた。これは「何かほしいものがあったら、まず与えなければだめだ」という考え方だ。お金が足りなくなると教会や慈善事業に寄付をする。それが金持ち父さんのやり方だった。

この本で読んだほかのことはみんな忘れたとしても、ぜったいに忘れないでいてほしいことが一つある。それは、何かが足りないとか何かが必要だと感じたときには、まず、それを人に与えることだ。そうすればあとになって、二倍にも三倍にもなって返ってくる。このことはお金、ほほえみ、愛情、友情などいろいろなことにあてはまる。「足りないものを与える」というのは、たいていの人は一番やりたがらない。だが、私の経験から言わせてもらうと、このやり方はいつも効果がある。私は単純に、「人間だれでもおたがいさま」と思って、自分がほしいと思うものを人に与える。私はお金がほしいからお金をあげる。そうすると、それが何倍にもなって戻ってくる。
(中略)
何年か前に聞いた言葉 - 「神は受け取る必要はないが、人間は与える必要がある」には真実が含まれていると思う。

金持ち父さんはよく、「貧乏な人の方が金持ちよりも欲張りだ」と言っていた。その理由はこうだ。お金をたくさん持っているということは、ほかの人がほしがっているものをその人が与えていることを意味する。
(中略)
たしかに、何かを与えたのに何も戻ってこなかった、あるいは戻ってきたものが自分のほしいものとは違ったということも何度かあった。だが、そのような場合はあとでよく考えてみると、最初から何かがほしくて、それが目的で与えていることが多かった。つまり、純粋に「与えるために与える」のではなく、見返りを期待して与えるという下心があったのだ。
(中略)
この世の中には私たちよりずっと賢い知力が存在するものだ。自分だけの力でそのレベルに到達することもできるが、将来その力へと成長する「芽」の助けを借りた方が楽に到達できる。そのために必要なのは、自分がいま持っているものを出し惜しみせず、気前よく人に与えることだ。

Prosperity theology(ご利益宗教)的に寄りすぎかな?と思いきや、「下心ある時はダメだった」と正直に書いてあるのが笑える。まあ、個人的には下心あってもどこかで別の報いを受けていると思います。彼が言うところの「貧乏な人」みたいな与えない人よりずーっとマシだし。

ところで上記が非常に思い当たるのは、最近「ウチの教会ってもしかしてボンビー...?」と思ってしまうからだ。
兄弟姉妹には実際問題として金持ちもいるし、そうでない人もいる。
それぞれに生活の糧は約束どおり与えられているはずだ。
でも、礼拝はまじめだけれど、長いスパンで見た時にいまいち繁栄に欠ける。
「あふれるばかりに与える」という神様の約束の成就を目に見えるかたちで(証人として大事!)受けている人が少ない。
「金ない」発言も多い。

これはやっぱり、多くの信徒が「正しく」与えてないから、だと思う...

特に近隣の教会が教会堂を買った費用300万ドル(3億円くらいねー)をペイオフしたと聞き、「それにひきかえ、ウチの羊の囲いは...」という反省が強まっている。
300万ドルの証がすごいのは、元は500万ドルだったモーゲージをポツポツ返してきたのを、突如「今年中に返し終えなさい」と神様に言われた、皆それぞれに祈ってくれ!という牧師の呼びかけから始まったことだ。
その年の感謝祭の日、「クリスマス前に本当に完済できることになったよ!」という証を聞いた時の勝利の喜び。

ウチの教会が与える賜物に欠けているのは認めざるを得ないです。