英語あそびなら天使の街

在L.A.言語オタ記。Python、Ruby、JavaScript、神さまのことば、天から目線の映画鑑賞日記。

人間の脳が肥大化してから。池谷裕二・中村うさぎ著『脳はこんなに悩ましい』を読んで。

脳が入ってからの人間の歴史が、聖書の記述と全く矛盾しなくて震える。

中村 進化の過程で、人間は滅びるのが当たり前だった。手を自由に使え、脳が発達していったために、人間は滅びずに済んだんだ。


池谷 人間は手を器用に使い、道具を作る能力を獲得しました。そのおかげで、毛がない小型動物であるにもかかわらず滅びずに済んだのです。


中村 ポイントは衣装かな。


池谷 そうだと思います。ヒトは服を着ることを覚えたおかげで、極寒のシベリアやアラスカにまで進出できました。

池谷 (中略)イヌにも心はあると思いますが、「心」の存在に当事者であるイヌ自身が気づいていない。イヌは「私」の存在に無自覚なのです。一方、ヒトは「自分は他者とは異なる心がある」こと、つまり、「あなたと私は個別な存在である」ことを知ってしまった。「私の発見」は、心の進化にとって大きなステップだったと思うのです。

脳=人間の罪(自我、神から離れること)の源。
生き残りの鍵となった「衣装」はキリストの暗喩、毛皮だ。
神はヒトをエデンから追放するにあたり、情け深くもキリストを着せ掛けてくださった。

神である主は、アダムとその妻のために、皮の衣を作り、彼らに着せてくださった。(創世記3:21)

別の項には、人の不幸を喜ぶ脳の初期設定を証明する実験についても書いてある。「そういうふうになっている」。やっぱり脳=原罪だ。。。

そして...

中村 脳科学を追究すればするほど、最後は「この脳を作ったのは誰なのだろう」という疑問で行き詰まってしまう。


池谷 それはとっても重要な問いかけ。「どうしてそうなの?」と尋ねるとき、その問いには、二つの意味があります。英語で言えば「How (by which)」と「Why」です。科学が答えられるのは、「How〜」で始まる問いでしかありません。「どうして指は五本なの」というとき、「いかにして五本の指が発達段階で形成されるか」という疑問ならば「How」に相当しますから科学的に問えるわけです。でも、「Why」だと……。


中村 「そもそもなぜ指は五本なのか」という問いには答えられない。「Why」は神の領域なのか。


池谷 「神様がそう作ったから」としか言いようがないわけです。私はまだ無宗教ですけれど、それでも、こうして「神」を持ちだした答え方をせざるをえない。苦しい時の神頼み(笑)
ヒトの指は五本ですが、鳥は四本、馬は一本です。その差について「Why」の答えを真正面から問えるのが、宗教や哲学だと思うのです。ほら、こう考えれば、もう答えが出ましたね。「神」とは何かー。それは「科学ではわからないナニか」のことです。だから神を科学で解明しようとする試みは……。


中村 科学的に矛盾している(笑)


池谷 そんな風に考えるとき、私は科学者としての無力さを思い知るわけです。そして、それが密かに快感。だって、科学は「自然がいかに偉大かを探る学問」ですから。
「神」の「通る経路」と書いて神経。その神経を使って科学をする者の、心地よい宿命ですね。と同時に、神を想定しないと思考できないヒトという生物を、ひたすら愛しく感じるのです。

池谷先生、「私は『まだ』無宗教」と言われている。学問を突き詰めた歴代の科学者たちは結局、神へ…という文脈というのもあるが、日々脳と向き合って、いつかは本気の神頼みになるしかあるまいな、という予感があるのだろうな…
そして最後の言葉は、まさに神をおそれかしこむ求道者だ。方法は違うけれど、神学者、牧師と、やっていることは同じ。感動的。

天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。
昼は昼へ、話を伝え、夜は夜へ、知識を示す。
(詩篇19:1, 2)