英語あそびなら天使の街

在L.A.言語オタ記。映画、英語、栄華。

映画 Isn't It Romantic? を見た。レベル・ウィルソンは 『ロマンティックじゃない?』

平日の夜にボーっと眺めて楽しいバレンタインムービー。
はねた後に、みんなでパンダに行って食べまくったことは言うまでもない。
本当に差し入れって最高よね。それも朝のドーナツコーヒーじゃなくて、夜のジャンクフードね。

結構しっかりマンハッタンロケもあってその予算の潤沢さに笑った。
「ニューヨークへのラブレター」とか言いながら、全然ニューヨークみのない作品もわりとあるので。

ところで、編集の下手な映像に対する耐性がだんだんなくなってきたなーと思う。
ヘンな間がすごく体にこたえる。

ところで、Netflixでも近日リリースされるのに、『ローマ』同様、わりと人が入っていた。

で、私は実はNetflixにサブスクライブしていない。
2012年頃に入会して全然見なかったので、2か月で止めたのである。今も、自分の時間の優先順位を考えると戻る気はない。
時々映画館に行って、好きな作品をアマゾンビデオで買うので十分。そんで、時々アマゾンビデオで配信されてなくて仕方なく中古DVDを買う。

いろんなメディアで毎週のように「今週で配信が終わるNetflix作品」が告知されているのを見ると、いつの間にか、持ってて当然のインフラになったんだなと思う。
テレビなくても何も言われないけど、Netflix見られないと言うと「マヂ?」と言われる時代になりました。

こんまりさんのショーはちょっと見たいけどね。
見ないで言うのはアレ過ぎるが、評判を聞くだけでとても好企画なんだと分かる。私、リアリティショー好きだし。

昨年まで「アメリカで一番有名な日本人」はオノヨーコだった。本当に。
今年はそれがひと月でこんまりさんに変わったのだ。

ちなみに日本人野球選手は、野球ファンにしか知られていません。
日本の地上波みたいにスポーツチャンネルじゃない番組でスター選手に大さわぎ、なんてことはないので。
そもそも隣人間で、コミュニティで、街で、州で、見てるメディアからして全然違う。
大坂なおみ選手は劇的な優勝シーンのせいもあって一般のショーにもたくさん出ていたけど、彼女を日本と紐づけて認知している人は少ないと思う。
そういう番組ではまず日本代表とか言わないし。

こんまりさんは通訳(とても素晴らしい通訳さん!)と2人3脚なので、「日本人」をハイパワーで発信している。
それに、彼女はスピリチュアル枠で、アニミズム、神道なキーワードに魅力を感じ、「もっとそっち系の話を聞きたい」と言っている視聴者が多いように見える。

番組としては彼女が彼女らしい英語でやるとか(日本にも勉強中の日本語でウケてる人いっぱいいるでしょ)、声にかぶせて吹き替えにしちゃうこともできただろうに、あえて通訳さんを起用したのは、彼女への敬意であるのと同時に、スピリチュアルグルはペラッペラアメリカ語を喋らないほうがエキゾチックでありがたみがある、という計算もあると思う。
「日本語は分からないけど、彼女の話す声はずっと聞いていたいくらい心地良い」なんていうコメントもあった。マントラか。

やっぱりまずは前提として優れてspark joyな翻訳者Cathy Hiranoさんというボイスを得たのが幸いでした。

話がそれたが、Isn't It Romantic? のトレーラー。Netflixで2/28全世界公開。

映画 Beale Street Could Talk を見た。バリー・ジェンキンスの『ビール・ストリートの恋人たち』

また、PLAN Bの新たな傑作が。
私は映画は終わったら即立ちます。エンドロールは見ません。というか、アンジェリーノもさっさと帰る。駐車場の出口が混むのやだしね。
日本では「クレジットで立つなんて」とか面倒なこと言う人いますけど。
こないだ日本から来た人と映画行って、ジッと動こうとしない彼を見て久しぶりにそれを思い出したんですが。

でも!この映画は、幕が降りてからお尻が椅子に吸い付いて離れなかったんです。
黒いバックに流れるゴスペルを聞いていたくなったんです。
そして周囲のフェロー・アンジェリーノたちもみんな。

濃厚な対話が随所にある中、ユダヤ教徒の青年に案内されるカップルの部屋探しの場面はよかったなあ。

『ムーンライト』に引き続き、Nicholas Britellの音楽が素晴らしい。
紫煙の軌跡にぴったりと合っていて。

ところでタイトルが、書籍を訳すほどの翻訳家さんでもわりと誤訳しがちなザ・仮定法ですねー。

そして、"Good news or bad news, which do you want first?"がとても粋に使われていたと思います。
観客席から、Good newsでティッシュと一緒のため息がもれましたから。

私の永遠のベスト1である A League of their own の監督ペニー・マーシャルが亡くなりました。
彼女が元女優だったことを訃報で初めて知った。彼女の数々の仕事に感謝します。

原作小説。

邦訳も。

ペニー・マーシャル監督、安らかに。

トレーラー。

Goodbyeの語源。オブジェクト指向を生んだ日本語脳。

Goodbyeの語源が"God be with you"だと知って、なぜ今まで気づかなかったのかと感激している。

思えば、Adiosの語源だって"to God"なんだよな。

ところで、ダブルクリックや右クリックを開発したプログラマの中島聡氏の時間管理の著書に、ものすごくおもろいアイデアが書かれていた。

ファイルをシングルクリックした場合、その後ユーザーが選択するコマンドは「ファイルの編集」「コピー」「転送」「再生」など、様々な種類が考えられます。しかしダブルクリックは、文書ファイルなら文書ファイル、音楽ファイルなら音楽ファイルといった対象を選択したうえで、ダブルクリックという操作をするだけで、自動的に「編集する」「再生する」といったコマンドが選択されるのです。

このように、何らかの対象(オブジェクト)を先に選択したうえで動作を指定することをオブジェクト指向といいます。
オブジェクト指向のわかりやすい例として、私たちがいつも使っている日本語が挙げられます。

あなたがテーブルの上の塩を取ってほしいとき、あなたは「すみません、塩を...」まで言葉にしたところで一呼吸置くと思います。それはなぜなら、「塩」という対象を指定した時点で、あなたが相手にしてほしいことは決まりきっているからです。
(中略)
これはWindowsにおけるダブルクリックと非常によく似ていると思いませんか? このようなグラフィカルでオブジェクト指向な機能を思いつくことができたのは、もしかしたら私が当時マイクロソフトで唯一の日本語話者だったからかもしれません。日本人的な会話の作法を取り入れた結果、Windows95が世界を席巻したと考えると、感慨深く思います。

英語で That salt...と言われた時、英語話者の頭に何が去来するのかは想像しかできない。「ハイ、主語ね。塩が何だって?」??
英語として不完全で気持ち悪くはあっても、その場のコンテキストで日本語と同じように通じる気もする。
エレベーターで"12th"(pleaseくらいはつける)と言われて目的格じゃなくても12階を押す、というのは普通だし。

ちなみにこの仮説を2018年に面白がっている私は遅れて来た人である。
もう15年近く前に「日本語とオブジェクト指向」がブログに投稿されて話題になったということだ。
その頃の私はと言えばPCを使っていてもプログラミングのプの字も知らなかったわけで、人生いろんな仕事ができてつくづくおもろいな、尊敬する人が次々増えてありがたいな。

そのほか、仕事のさばき方として「納期までの最初の2日間で界王拳を使う」としきりに書かれており、この人アホだな笑(めっちゃ僭越ですが、賞賛です)と思いながら、以来、自分の作業中にも界王拳イメージが張り付いてしまったではないか。
「ぬおーーーーー」とコンつめてゾーンに入る時間である。彼の指摘どおり、イメージできることは大事だ。

そして、待ち合わせは30分前に現地のスタバでコーヒーを飲むところまで含めて逆算する、とあり、「ココみんな見習え!ココだけでわりと世界で差がつけられるんだぞ!」と思った。
日本人って時間にうるさい思うかもしれないが、そうでもないですよ。
10分、15分、クセのように遅れる人の多いこと。相手を、時間という財産をナメているのである。
これは、チャラそう、と思っていた(すみません)高城剛氏も白本だか黒本だかで書いていた。
日本滞在期に約束して時間どおりに来た人が1人もいなかった、と。

あと、写経について。しばらくやってなかったけど、また再開しようかなとここ読んで思った。
実のところ、私はPython、Ruby、Javascript等々を日々使っていてもそれらの言語をfluentに使える!という自覚はまだないのだ...

プログラミング言語に関しては、最初はまったく意味がわかりませんでした。けれども雑誌に載っているプログラムをひたすら、幾度も幾度も書き写していると、ある日突然プログラムの意味がわかるようになったのです。

本書は時間管理の実用書で界王拳あたりなど繰り返しも多いのだが、とりわけimpressiveだったのは、パソコン黎明期に新しい世界に積極的にハマって行った彼の来し方、Windows95開発秘話について書かれた部分だった。
結局、人を動かすコンテンツはあまねく「自伝」なんじゃないだろうか。

Goodbyeの語源を教えてくれた深町先生の著書。Kindle版がないので、古本で取り寄せた。
彼女の『思い出のアンネ・フランク』の訳文が本当に好きなのです。
隠れ家の支援者、ミープの声そのものみたいで。

映画 Book Club を見た。西海岸版SATCの30年後『ブック・クラブ』

アメリカ人が大好きな読書会をヒンジに据えた女友達4人モノ。ついでに白人業界モノ。
あえて感想書くのも野暮に思える類のショー。
完全なる予定調和を十分に楽しんだ。
思いがけず、LAだけでなくセドナ近郊の赤岩も観光できたし。

観客席は見事にSATCの30年後みたいな60代風情のガールズ!グループでいっぱい。

こういう半オムニバスものは、ひとつくらいは気に入るエピソード、人物に出会えるものだけど、今回はメアリー・スティーンバージェン章が一番。きれいだし。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』と『ギルバート・グレイプ』の彼女のパフォーマンスが大好きなので多分贔屓目もある。ヒラリー・クリントンとも親友だそうです。

そうそう、予定調和といえばメアリー章の最後の「電話が当たって」ネタはあまりに予定どおりすぎ。
ほら『フレンズ』のレイチェルとロスのほぼ初デートで、すわ早漏か?>即座に気にしないでと言葉をかける出来た女レイチェル>いや、ジュースのパックがつぶれたんだよ〜とロスが言ってレイチェルが「あーーーよかった!」と本気で喜ぶやつ。

とにかく4人を描写をするには100分では足りないのだけど(バーゲンをムリに判事にする必要あった?SATC引っ張って編集者とかでよかったかも)、最後のそれぞれの宣言は個性があって良かった。
ダイアン・キートンは娘たちに。
ジェーン・フォンダは元カレに。
メアリー・スティーンバージェンは夫に。
キャンディス・バーゲンは再婚する元夫 + 息子カップルに。
特にバーゲンは名スピーチでした。Well done.

そうそう、キートンだったかバーゲンだったか、初デートの相手への労いのセリフは使えそうですね。
Thank you for making tonight easy.

『デブラ・ウィンガーを探して』を見て以来、ジェーン・フォンダに苦手意識を持っていた。
今回同年代の女優との競演を見て、やっぱり苦手だわ、と思った。
圧倒的にウソ度が高く見えるの。

アリシア・シルヴァーストーンがものすごいチョイ役で活動しているのも、クルーレスな私としては今だにビックリする。

これも誰にとっても想定内だろうけど、フィフティ・シェイズが小道具として機能しているかというと別に...。
友人の1人が、親の介護で疲れ切っていた時にこの小説に浸ると何もかも忘れられた、と言っていた。
何かに集中できると、すごく癒されるものね。
まさに「小説は人生でざぶざぶ使うもの」(田辺聖子先生)

で、私もつらいことがあった時にはまろうとトリロジーセットを買ってしまったが、グレイとの出会いのシーンで止まってる。全然読了できる気がしない。
典型的な「読んでると脳ミソが溶ける感じがする」ラノベ。だからこそ友人は救われたのだろうと思う。ありがとう、と言いたい。

彼女たちが若い頃のベストセラーはこちら。私はたまたまドイツ行きのルフトハンザ機内で読んだので主人公にシンクしてしまったのをよく覚えています。

サウンドトラックがすごく良かった。昨年聴きまくったMarvin Gayeをますます好きになった。

トレーラー。カットされたシーンも入ってます。

谷崎潤一郎『細雪』を楽しむ。The Makioka Sisters

内田先生の文章を読んだきっかけもあって、東海岸へ往復する機内で、以前上巻途中で投げ出していた『細雪』をずっと読んでいた。

もう、エピソードごとにみっちりと面白くて感激した。

そして、ラストは衝撃過ぎてたまげた。というか、文豪自らあとがき(新潮文庫版の下巻所収)に「長かったから何と云っても肉体的には疲れた。最後の方になって殊に疲れを感じたように思う」と書いているように、最後のほうは駆け足で事件が大振りになる上、前半のようなしつこいくらいの書き込みを欠く。

単行本で読むと終盤のバタバタぶり、「影から目撃しちゃった」の連続に『ベルばら』と同じ人が作ったとは思えないほど粗雑な『オルフェウスの窓』を彷彿とさせた。

一文一文がすんごく長いのが特徴的。前回読んだときはちょっと読みにくい...と思ったが、今回は意識の流れにぴったりに感じた。

見よ、これで一文なんやで。

幸子は又、身分とか階級とか云うことは別にしても、板倉と云う人間はどうも私には信用出来ない、それは丁稚から写真館の主にまでなったのだから、啓ちゃんのような坊々とは違うだろうけれども、それだけに、そう云っては悪いが、世間擦れのした狡猾さを持っているような気がする、頭の程度も、こいさんはそう云うけれども、私達が話して見た工合では、詰まらないことを偉がったり自慢したりする癖があって、非常に単純で、低級のように思われるし、趣味とか教養とか云う方面も、成っていないように感じられる、ああして見ると、あれぐらいな写真の技術は、職業的な才能と器用さがあれば出来ることなのではないか、今のこいさんにはあの男の欠点が眼に付かないのであろうが、ほんとうによく考えて見る必要がありはしないか、私の見るところでは、生活の水準が全然違っている同士結婚して、永続きする訳がない、正直のところ、こいさんのような分別のある人があんな程度の低い人間を、どうして夫に持つ気になったのか、私には不思議で仕様がないが、ああ云う相手では直きに食い足りなくなって後悔することは、分り切っているように思う、私なんぞには、ああ云う騒々しいガラガラした人間は、ちょっとは面白いけれども一二時間も一緒にいたら辛抱がならない、と、そんな風にも云って見たが、妙子に言わせると、少青年時代から奉公に出たり移民になったりして世間を渡り歩いたのだから、多少擦れているような点もあるか知れないが、それは境遇上を已むを得ないことである、あれで案外純真な、正直なところもあって、お腹の中はそう狡っ辛い人間ではない、つまらぬことを自慢する癖があるのは事実で、そのために人に嫌われることもあるけれども、それも見ようでは、無邪気で子供らしいところのある証拠ではないか、教養が足りないとか、程度が低いとか云うことは、或いはそうであろうけれども、それは承知の上なのだから構わないで置いて欲しい、うちは高尚な趣味だの理屈だのが分る人ではなくてもよいし、ガラガラした粗雑な人間でも差支えない、却って自分より低級な相手の方が、扱い易くて、気を遣わない、と云うのであった。

句点の置かれた箇所がものすごく重要な意味を持つように思えてくるではないか。(実際にはこの後、こいさんの板倉擁護が続くだけである)

何より、公私問わずよくもらう要領を得ないEメールに似ていてすごくおかしい。
頭を整理せず、あーで、こーでと喋るように書き連ね、私に何を伝えたいのか、まるきり分からないEメール。
まず日本語クライアントと日本語おばちゃんのEメールを思い出すので、「日本語話者に多い」と言いたいところだが、日英どちらかに限らない。

私は英語で教育を受けた人は、「お世話になっております」もナシでいいし、結論>サポートのきっちり構成でものを書くのだろう、と思っていたのだが、そうでもない。
医師の英語メールさえ細雪メールだった時は、若干ガッカリさえした。

いいんですよ、友達同士はダラダラメールで。電話の長話と同じだから。
でも、依頼や連絡は要点を先に短文で書いてほしいと思う。

「旅行中に上巻を読み終わってしまい、続き読みたさに家にもある下巻を旅先でもう1回買う」という苦渋の選択をしなくてよくなった。Kindle万歳。

早速この映画も見たんだけど、4人の化粧が下品。。。船場のええとこの姉妹、ってこんなんちゃうんちゃう?(泣)
さらに貞之助と雪子の不倫風味も加わって話も原作とは別モンの下品な仕上がり。

「細雪」のダラダラ文をこの物語に合ったリズムで心地よい、と褒めていたのはこの本だったと思うのだが...
Kindle版が無いので確かめられないよー。

ドイツ語翻訳者の人から超熱中した、と聞き、それほど「ドイツみ」があるなら、とKindleで全巻購入した。後悔。